営業に知っておいてもらいたい!最低限の法的知識
2022/04/30
ある中小企業の経営幹部からお話をうかがう機会がありました。 その幹部は管理部門の社員から次のような悩みを打ち明けられたそうです。
営業部門は販売することに集中しなければいけないのは当然です。しかし、営業活動の中には多くの法的に理解しておくべきものがあるのに、それを知らないで活動をしているようです。そのため、管理部門からいろいろと訂正や依頼をせざるをえないので、管理部門の負担が大きくなっています。最低限の法的な知識をもって営業活動してもらえると助かります。」
その経営幹部は営業部門の会議で問題提起をしたところ、営業部員から「法的知識をきちんと整理して教えてもらったことがないし、何が最低限必要な知識なのかもわからない。」との意見が多く出たそうです。
その経営幹部が言うには、「どうしても中小企業の場合、このような教育は現場まかせになってしまう。もしくは、このような知識は知っていて当然という考え方になってしまっている。管理部門から日々の活動の中で困っていることの相談を受けたから気がついた。」ということでした。
今回の記事は営業部門が最低限、理解しておくべき法的知識ということでまとめました。
◆営業活動で理解しておくべき法的知識
営業は外部の人との交渉を行いながら仕事をしています。重要なのは人間関係を構築しながら、お客様にとって価値のある商品(サービス)を提供していくことです。ただし、その活動の中では守らなければならない、もしくは知っておかなければならない法律があります。法律をすべて把握する必要はありませんが、法律の存在と概要だけは理解しておく必要があります。
◆営業活動の範囲とは
①「売込」 ⇒ ②「受注」 ⇒ ③「納品」 ⇒ ④「請求」 ⇒ ➄「代金回収」
営業は単に自社製品(サービス)を販売することだけがその責任範疇ではありません。お金を回収するまでが範疇と考えるべきです。つまり、これらの活動のすべてはお客様に対する活動だからです。
大企業などは、営業は「売込」から「受注」までで「納品」や「請求」、「代金回収」は別組織が行う例もあります。これは営業がより「売込」から「受注」までに集中できるようにする、もしくはお金に関する不正がおきないようにコンプライアンスを徹底するために業務を分ける、などの理由です。 しかし、中小企業の場合は①から⑤までの範囲というところも多いと思います。
営業活動の中で注意しなければならない法的知識は下記に関することが中心となります。
– 独占禁止法に関する事(談合など)
– 契約に関する事(賠償責任、瑕疵担保責任など責任を負わなければならない内容)
– 納品書や受領書に関すること
– 未払い対応
– 下請法に関する事(代金の回収など)
◆営業活動の流れに沿った法的知識
営業の活動に沿って、それぞれで知っておくべき法的な知識を説明します。ここで説明する内容は概要ですので、詳しく知りたい場合は個別に内容を把握するようにしてください。
【売り込み時】
この営業活動の中ではあまり気にすべき法的要因はありません。但し、人間関係を作るために過剰な接待をしたり、金品を渡すなどをした場合には贈賄罪に問われる可能性があります。 又、官公庁や自治体に取引先がある場合は注意が必要です。最近は年末に手帳やカレンダーを渡すこともできない場合も多くあります。
【受注活動時】
受注活動の時に注意しておくべき法的なポイントを説明します。
営業活動で注意するべき点
◇「独占禁止法」
受注活動をするときに注意しなければならない法律は独占禁止法です。
独占禁止法で禁止されている行為は以下のようなものがあります。
🕑 私的独占
🕑 カルテル
🕑 入札談合
🕑 共同の取引拒絶
🕑 再販売価格の拘束
🕑 優位的地位の濫用
🕑 競争制限的な企業連合
すべてをここで説明しませんが、この活動の中で一番注意しなければならないのはカルテルと入札談合です。
カルテルは複数の企業が連絡を取り合い、本来、各企業がそれぞれ決めるべき商品の価格や生産数量などを共同で取り決める行為を「カルテル」といいます。
国や地方公共団体などの公共事業や物品の公共調達に関する入札の際、入札に参加する企業同士が事前に相談して、受注する企業や金額などを決めて、競争をやめてしまうことを「入札談合」といいます。
別々の企業の営業担当者同士が意識しないうちにやってしまっていることもあるので注意しましょう。
参照:公正取引委員会https://www.jftc.go.jp/ippan/part2/index.html
取り交わす文書で注意すべき点
受注活動中、もしくは受注に成功したときにさまざまな文書を取り交わすことがあります。この文書の取り扱いには法的に注意しなければならない点があります。
◇「見積書」
営業活動をしていると見積書を提出する場合が多くあります。見積書とは価格や条件を相手に告知する文書のことで、口頭での条件提示も法的には有効となりますが、その証拠として文書を購入予定者に提出します。
特に初めて取引をする取引先の場合、金額以外にも必要な条件を記載しておかないと後でもめる原因となります。又、見積もりの有効期限も必要です。数年後に当時の安い金額で提示したものを注文されても受けることはできないでしょう。法的に有効な文書なので間違えの無いようにしましょう。
◇「秘密保持契約」もしくは「秘密保持誓約」
受注をする、見積もりを作るために、いろいろと取引先から情報を入手する必要があります。この必要な情報を外部に漏らさないためにもお客様から「秘密保持契約」の締結、もしくは「秘密保持誓約書」の提出を求められることがあります。
特に注意するべきことは秘密保持誓約書です。取引先によっては個人に誓約書を提出するように依頼してくることがあります。例えば、社外の人は立ち入れないような場所に案内されたときに、秘密をもらさないように秘密保持の誓約書にサインをするように求められるケースです。 このような場合に、どうしたら良いかわからないので総務や人事に確認するケースが多いのです。会社としてどうするかを決めておいて社員に周知しておくべきでしょう。
◇「契約書」
商売上の契約は口約束でも成立しますが、決めごとを証明するための重要な書類となります。
🕑 取引基本契約(売買基本契約)は会社と会社の間で取引(売買)を行うという契約書で、多くの場合は 1年ごとの自動更新となります。個別の案件の詳細は別途という設定が主となります。
🕑 個別契約とは取引基本契約に対して案件ごとの契約です。(取引条件、単価もしくは総額、納期などを指定)
🕑 個人情報保護契約の締結を要求される場合がありますが、取引基本契約で規定されている場合には別途必要かどうか確認が必要です。
◇「覚書」
覚書」は法的には「契約書」は全く同じ効力を持ちます。しかし、実際のビジネス上で取り交わされる契約書と覚書では使い方が違っている場合も多くあります。
覚書は正式な契約の前の交渉段階でお互いに合意した事項を確認するために交わすときに多く使われています。更に、正式な契約締結後に不足している部分を補う文書、もしくは訂正するための文書として使われます。
また、商取引に関わらない物事を取り決めた時に、契約とするには大げさと感じる場合には覚書として締結する場合もあります。
営業に知っておいてもらいたいポイント
中小企業の場合、契約書や覚書の案は取引先から提示される場合も多くあります。前出の中小企業の経営幹部が悩んでいたことは、営業が契約内容の確認をすべて管理部門に依存していたことでした。
契約は相手との交渉の上で決まりますから、自社に不利な内容の場合は相手と話し合わなければなりません。営業が事前に確認ポイントをある程度知っていれば、締結までのプロセスをはやくすることができます。
最低限チェックしておくポイントをいくつか紹介します。
◇ 損害賠償:損害賠償の上限が決められているか、青天井なのか。
◇ 契約不適合責任:契約不適合責任の期間が自社にとって適切になっているか。
◇ 契約や覚書の期間:有期か自動更新か。
◇ 支払い条件:支払いの期限が極端に短い、長いといった条件になっていないか。
◇ 納入物の所有権移転のタイミング:売主にとっては代金支払い完了後がベスト。
◇ その他、不利な条項が含まれていないか。
(※契約不適合責任とは2020年の民法改正で瑕疵担保責任の代わりに定められたものです。)
【納品時】
納品は自社の営業担当者が納品するケース、物流会社に依頼して納品するケースなど様々です。
このプロセスの中で発生するのが、「納品書」と「受領書」です。納品書は届いた納品物の明細を記載したものですが、明細と実際に届いたものが合致しているか確認するためのものです。一方、受領書は間違いなく納入物を受け取ったということを確認するものです。これらの書類は日々の活動の中で契約書や覚書に比べて重要視されていない傾向があります。
営業担当者が納品し、トラブルになりかけたというケースを紹介します。
営業担当者Aさんは取引先B社に成果物を期日通りの3月31日に納品に行きました。B社の担当者のCさんが不在だったので、受付にいた人に担当者に渡すように依頼しました。Cさんではなかったので、納品書と受領書はそのまま持ち帰りました。翌日になってCさんから電話が入り「物が届いていない。どうなっているのか?」とクレームが入りました。Aさんは昨日、期日通りに受付に届けた旨を伝えました。B社の受付の人が担当者に渡すのを忘れているものだと思い、そのまま放置しました。
ところが数日後Cさんから困惑の電話が入りました。「受付に確認したが、そんなものは受け取っていないとの事だ。この納品が遅れると1000万円のビジネスが無くなる。」とのことでした。
この場合Aさんは法的に非常に不利な立場にあります。つまり、ものをきちんと収めたという証拠がどこにもないのです。Aさんは間違いなくB社の誰かに納品しているにも関わらず。この場合、納品した日付が記載された受領書を入手しておくべきでした。
後日談として納品したものは無事に見つかったそうです。
【請求及び代金回収時】
代金を支払ってもらうために送付する請求書ですが、請求書には有効期限が存在しています。未払いのまま支払期日の翌日から5年が経過した段階で請求書の期限自体が切れてしまい、代金が支払われなくなってしまうのです。(2020年4月の法改正施行で期限が2年から5年になりました。)
支払ってもらえない場合の対応策についても理解しておきましょう。
◇ 直接連絡して支払いを要求する
相手が支払いを忘れている場合もあるので、電話やメールなどで支払いの督促をしてみましょう。メールの場合、督促の履歴も残ります。
◇ 内容証明を送付する
内容証明書とは、いつ、どのような内容の文書が誰から誰宛に差し出されたかについて、郵便局が証明する通知書のことを指します。支払いの催促状を内容証明付きで送る方法で、未払者にとっては心理的な圧力がかかります。但し、事前に内容証明付きで催促状を送ることを連絡しておいた方が良いでしょう。
◇ 督促状を裁判所から送付してもらう
未払いに対して「支払督促」を裁判所から行うことです。支払督促は、手続きをすることによって裁判所からの督促状を相手方に送ってもらうことができます。
これらの活動を行っても支払ってもらえない場合は訴訟をすることになります。
◆全般に関わる法的知識
営業活動の流れに沿って法的な知識を説明してきましたが他にも知っておきたい重要な法律があります。
◇ 下請法
既に紹介した独占禁止法を補完するために「下請代金支払遅延等防止法」(下請法)があります。これは資本金が大きい会社が、資本金が小さい会社や個人事業主に対して発注した商品やサービスについて、不当に代金を減額したり、不当な返品をしたり、あるいは支払を遅らせたりすることを禁止する法律のことを言います。対象は下図(中小企業庁ホームページより)のようになります。
営業活動の中で下請け法違反に該当するような事例には下記のようなものがあります。
– 原材料価格の高騰が明らかなのに、一方的に代金を据え置かれる
– 発注はいつも口頭
– 発注の一方的な取り消し
– 代金を支払い期限に払ってもらえない
– 受注後の値引き
– 長すぎるサイトの手形発行
– 一方的な返品
– 協賛金などの要求
参照:公正取引委員会 https://www.jftc.go.jp/houdou/panfu_files/sitaukepamph.pdf
下請法を理解しておくことは、受注側だけなく、発注側になった場合も重要なので、内容を知っておく必要があります。
◆まとめ
営業部門や営業担当者にどのようなポイントで法的な知識を持ってもらえば良いのか、という視点で解説してきました。従って、法律の細かな内容について、このコラムでは説明をしていません。
ここに記載されている内容を理解してもらうだけで営業部門と管理部門のコミュニケーションがずいぶんスムーズになるかと思います。
実際に法律上の問題が発生したときは、弁護士などとの相談が必要になりますが、基礎知識を持っているか持っているのといないのとでは、解決までのスピードに差が出てきます。是非、自社の営業活動を想定し、気になる法律は調べてみると良いでしょう。